９月２７日
	ピギー・スニードを救わない話
	マイ生理までカウントダウン！ 　本当にワシの体はなんて正直者なんだろう。脳味噌はふわふわするし、ダル くて体に力が入らない。きちんとした思考ができないので、頭を使うことは何 もできない。いや、ふだんもそんなに頭使ってるわけじゃないけどさ。 　今日は昼に起きてから、一日中、ＣＳでアダルトビデオを見ていた。 　あいだもも「ヴィーナスバニー」、つかもと友希「女教師」、 佐伯由莉亜「遠くでイキたい」、金沢文子「こすぷれ姫」、藤乃春音「ピュア inハート」、小沢まどか「遺書」。 　さすがに六時間もＡＶを見つづけてたら、頭の中が真っ白になった。白痴に なったよう。 　来月の番組表を見ると、ラインナップに町下くんの彼女の名前があった。 　たぶんワシは見ちゃうと思う。なんか、やな奴だな自分。 　夜、ご飯を食べに奈々ちゃんと外出。 　また寿司屋。 「大将さ、このごろ一段とまた、握るときの腰振りが激しくなってない？　腰 振ってるっていうか、完全に踊ってるよねえ？」 　カウンターの端にいる山中さんに私は相槌を求める。彼は中学の先生で、安 月給のくせに、週に二度は店に来る不思議な人だ。 　いつもボロカスに生徒のことを言っている。 「嫌いな生徒の通信簿はよ、八なら七か六、五なら三くらいにさ、悪い数字に してやるんだ。」と平気で言う人なのである。 「大将の場合はダンス、だね。フラダンス」 　山中さんは大好きなエビを食べながら笑った。 「そうかい？　じゃ本当に踊っちゃうよー」 　大将はフラフープが回せるくらい腰をグイングイン回して握りはじめた。 　この人はホント、寿司を握るのが好きなんだなあ。 　奈々ちゃんは、光り物が食えないなんてまだまだお子ちゃまだ。 　そういう私もサビ抜きで（笑）、「NAOちゃん、子どもかよ」って、奈々ち ゃんに笑われるんだが。 　そのあと、空で軽く飲む。 　どういう流れでか、人はいつから大人になるのかという話題になった。 　ああ、思い出した。アンナの肖像画を描いた人のキャラクターを、みんなで 笑っていたとき、マスターが「世の中で一番大切なのは友情とかって思ってる 段階だな、あれは」って言ったのがきっかけだった。 「俺にもあったんだけど、友達が一番大事っていう時期が人間にはあるんだよ な。まあ、十五、六、そんくらいのときはそう思いやすいな。特に不良とかや ってる奴はな。でもな、そうじゃないんだよ。そんなこと言ってる奴は、本当 に好きな女、もしくは男に出会ってないだけなんだよな。俺は十九で結婚した けど、そのとき、この世で一番大切なのはカミサンだ、家庭だって、心底思っ たね。それから二十年、いろいろあったけどさ、基本的にその気持ちはかわん ないね。いや、夫婦自慢してるわけじゃなくてさ（笑）、友達が一番大事だっ て思ってたのをさ、あんときは子どもだったんだなあって振り返ったとき、人 は大人になったって言えるんじゃないかな」 　というのがマスターの意見だ。 　なるほど。それも一つの有力な説だと思う。 「NAOはいつ、あたしは大人になったって思った？」 　マスターに訊かれた。 「うーん。どうだろう」 　しばらく考え込んだ。 「あたしはね、もうちょっと早い段階かもしれない。小学生のときの話なんだ けど、近くで養豚やってた人がいてさ、学校の行き帰りにその家の近くを通る んだけど、あたしもみんなも、『わー、くさーい』とかギャーギャー言いなが ら鼻つまんで走るんだ。実際、ウンコの匂いがすごかったしね。で、ある日、 その家の人がさ、ものすごい形相で駆けてきて、あたしたちの前に仁王立ちに なって、真っ赤な顔で、あたしたちをにらみつけたんだよ。でね、振り絞るよ うな声で、『俺はおまえたちのことが大嫌いなんだー！』って怒鳴ったの。 　あたしもみんなも、もう恐くてさ、全員泣いちゃったんだ。おさな心にも、 この人は本当に怒ってる、本気で哀しんでるんだって、あのとき、あたしは思 ったんだよね。人の本気の哀しみを、あのときはじめて見たんだと思う。そう いうのに触れたとき、人って大人になる気がする。大人っていうか大人の第一 歩か。誰かの本気の哀しみに触れたことなしに大きくなっちゃったら、その人 は年は食ってても、大人じゃないと思う」 　生理前なのに、我ながらけっこうしゃべったなあ。 　大将といい、マスターといい、私は食べ物屋、飲み屋のオヤジには好かれる ようだ。それはどの街でもそうだった。それだけが私の財産ともいえる。 　引っ越し魔の私がその街にいるあいだだけの関係だ。外食ばかりの人間なの で、そんなオヤジが全国のあちこちにいる。
	←Back　　　 Index　　　Next→