9月17日
  一日百万円
 

   店内の表メニューには載っていない裏メニューというものがある。
 それはお得意さんだけが知っている。

 時間を気にせずプレイするにはどうしたらいいのか。そりゃ「泊まり」しか
ないでしょう、ってわけで一泊二日、百万円なり。
 高いっすか? いや、そうでもないんですよ。
 野外プレイで外に出かけた場合は、通常プレイの三倍価格が基本なので そ
れで二十四時間分を計算すると、すんごい値段になってしまう。百万なんてか
ーるく、余裕でオーバーだ(笑)。

 いきなり百万円と聞くと、たっけえ! と思うかもしれないが、旅行は野外
プレイのバージョンアップ版といえなくもないので、それで考えれば、実はか
なりお得になっているのである。
 百万円のうち私の取り分は、まあ想像してみてくれ(笑)。

 風俗嬢に本気で惚れる男って、案外いる。
 ストーカーと化した男に風俗嬢が殺されたニュースも、まだ記憶に新しい。
 死んだらプライバシーは無い、というのが社会の約束らしいので、もし私が
客に殺されたら、見出しは「SM嬢、殺される!」で決まりだろう。
「週刊新潮」ではワシのツラが公開され、この日記も「週刊文春」に嗅ぎつけ
られ、”ネットで魂の叫び?! SM嬢の孤独な日記”とか決めつけられて、無
断で公開されてしまうのだろう。
 東電OL殺人事件のように、私の仕事を知らない親にも知人にも、私がSM
嬢をしていたということがバレる。
 私だって、日々起きている事件沙汰をおもしろおかしく楽しんでいるのだか
ら、そうされてもおあいこだ。自分のプライバシーだけは守りたい、なんて都
合のいいことを願うつもりはさらさらない。

 ソープやヘルスの客と違って、M男が牙を剥く可能性(笑)は低いと思う。
 けど、M男といっても、やはり客と風俗嬢。何が起こるかわからない。
 百万円プレイでも、裏メニューを受けないS女もいる。裏メニューを受ける
受けないはS女の自由だ。受けないS女のほうが多いかな。
「やっぱ、こえーし、それに、こえー以前にヤだよ。そんな好きでもねえ男と
一緒に旅行に行くのなんか。NAO、よく行くよなぁ」
 樹里亜ちゃんは言う。ごもっとも。

 いい金になるなら、ワシは何だってしちゃうが(スカトロだってするし、生
理の血だって舐めさせるしな)、それだけじゃない気がする。
 なんかなあ、そのへん、ぶっ壊れてるんだ、感覚が。危険に対する感覚、生
死に対する感覚が麻痺しているのだ。
 事件に巻き込まれたい、死にたいってわけじゃない。そういうものがすぐ隣
にある場所で、そっち側に片足を突っ込んでいるのが気持ちいいのだ。仮にそ
の結果どうかなっても、それはそれでいいと思っている。

 いや違う。それはそれでよくはない。
 千佳ちゃんと離ればなれになるのはイヤだ。イヤなんだけど、でも、千佳ち
ゃんやその他、私にとって大切と思えるものを飛び越えても、すべてが麻痺し
きった世界にいるのは、たまらなく心地いい。
 本当はすべてがまったくどうでもいい。というのが私の本音なのかもしれな
い。時々、思う。千佳ちゃんのことだって、もしかしたら、好きだ好きだって
思い込もうとしているだけかもしれない。思い込んで、そういう存在が自分に
あることの幻想にすがっているのかもしれない。でなけりゃ、こんなに人を好
きになれるはずがない。好きという次元を完全に超越している。こんなのおか
しい。こんなに好きなんて、おかしい。変だ。
 だから、「NAOちゃんには自分がない」って、千佳ちゃんに言われるのだ。
 千佳ちゃん、すげえな。わかってんだな。見透かしてんだな。

 月末に入っていた二泊三日の旅行が、M男の都合でキャンセルになった。
 ちぇーっ。百ん十万円、入る予定だったのにーっ。新しい一本鞭、買ったの
によー。ま、来月、別のM男との一泊二日が一件入っているからいいか。







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