９月２日
	さまよえる一人称
	そのＭ男は一人称を使わない。自分のことを「俺」とも「僕」とも「私」と も呼ばない。 「僕は」「私は」と言うかわりに、彼は自分を指さす。たとえば、「あ、僕も そう思います」と言うときには、人差し指で自分を指さしながら、「あ、そう 思います」と言うのである。彼の一人称は常に「指」なのだ。 「ね、前から気になってたんだけど、あなたは自分を一人称で呼んだことない よね？　いつも指で自分を指すよね？」 　今日、私は訊いてみた。 　彼はまず、指一人称をしてから、 「昔から、小さいときからなんですけど、僕は、とか、俺は、とか言うのが恥 ずかしいんです。こんなの（また指一人称）だけだと思うんですけど、何かと てもエラソーな気がしてしまって」 　と言った。 「『僕は』とか『俺は』って言うのがエラソーな気がしちゃうの？」 「そうなんです。たぶん（指一人称）だけですよね、こんな変な考え方」 　いや、変だとは私は思わない。 　このＭ男みたいに極端ではないが、私も一人称ではとても苦労してきた。 　なんだかＭ男が同志に思えた。 　中学生くらいまで、私は私のことを「自分」と言っていた（すげえな、ワシ は高倉健か？　シブイ子どもだなあ）。 　まわりの女の子たちは、「あたし」という一人称を苦もなくふつうに使って いた。私にはどうしてもそれができずに「自分は」と言っていた。「自分は」 がせいいっぱいの一人称だった。 　今はなんとか一人称を使えるようになった。 　他人に対しては「あたし」で、恋人といるときは「NAOちゃん」。 　自分のことを「あたし」と言えるのは、とてもラクだ。 　どうして昔はそんなことで苦労したんだろう。わからない。まあ、大人にな るとラクになることはいっぱいあるけれど。 　はっきりしてるのは、自分を「あたし」と呼ぶことをエラソーに感じた、と いうことではない。Ｍ男とは違う理由だ。 　私はオナベではないので、女の一人称である「あたし」を使うことに抵抗が あった、ということでもない。一体全体なんでだ？　わからないんだよなあ。 　山田さんの家のノウゼンカズラは、オレンジ色の滝みたいだ。 　たくさんの花がぶら下がっていて、まるで花の滝。 　ヒロミ・ゴー、渋谷駅前で、スターチックにゴキゲンなゲリラライブ。 　警察に届け出していないゲリラライブ。 　路上は大パニック！　ヒロミ・ゴーの素敵なゲリラライブ！！ 　道交法違反で書類送検の可能性あり、だってな（笑）。 　事前にマスコミに「警察に無届けで五分間ほどのゲリラライブをできたらと 思ってます」ってファックスしてたんだってな（笑）。 　アッハッハッハ。なんちゅー幸せ脳味噌。 　いかにもヒロミ・ゴーっぽい顛末（笑）。おもしれえなあ。
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