１０月１６日（土）
	雅代ちゃんは吠えるがキャラバンは進む
	仕事帰りに、雅代ちゃんちに寄る。 　一杯やる。 「NAO、あたしさ、風俗に来る男が大っきらいなんだ。時々、いいお客ってい るじゃん？　プレイが上手でこっちがめちゃめちゃ感じちゃったり、話がおも しろくて笑わせてくれたり、ふつうに出会ったとしても好きになっちゃいそう なさ、店外デートしてもいいような、客としてはサイコーの部類の客。 　そういうお客が来てくれるとうれしいんだけど、でもさ、同時にさ、あたし は、そういう”いい”客がさ、大っきらいなんだよー。 　風俗なんか来んなよ！　来るんじゃねえよ！　金で女を買うんじゃねえよ！ 　って思う自分がいてさー、単純にや〜な客よりむしろいい客のほうが大っき らいって感じることがあんの。なにえらそーなこと言ってんだって自分で思う よ。男が店に来てくれなきゃさ、あたしなんか食ってけないんだし。 　なら風俗で働いてんじゃねえよって自分で思うよ確かに。矛盾したことほざ いてるって思うんだよ。客が聞いたら、なに言ってやがんだこのドアホ！　っ てムカムカすると思うしさ。でもさ、NAO、あたしはさ、風俗遊びする男が大 っきらいなんだよー。やな客もいい客も、みんなみんな、大っきらいなんだ。 　客のチンポ舐めてアナルファックして金稼いでるくせに、それで稼がせても らってるくせに、てめえら、風俗に来るんじゃねえよ！　バーカ！　って思う んだよ。客にはこんなこと言えないけどさ、今だけ言っていいよな？」 　誰がダメと言えるだろうか。 「うん。言っちゃえ言っちゃえ」 　私は言った。 　雅代ちゃんは、最近、ソープへの転職を考えている。 「ケツに突っ込まれてるとさ、なんか時々すげえ悲しくなるんだよ。まだマン コのほうがまともだよなって思えて。人が聞いたら、マンコもアナルもどっち だってかわりゃしねえよ、バーカって思うかもしんないけど、マンコのほうが 少しはマシだよなって気がするんだよ。そんなことにこだわって、心の中で客 に『風俗来んじゃねえ』って悪態ついてさ、なら、風俗やめろってんだよな。 　あたしが風俗を一番バカにしてんだよな、ほんとは。 　なー、NAO、そうだよな、あたしが一番風俗をバカにしてるよなー？　バカ にしてるって言えよ、NAO。言えよー。言えー、コラ。NAOみたいにＳができれ ばいいよな。Ｓは頭がよくなくちゃできねえから、あたしには無理なんだよ。 　あたしのこと、NAOもバカだって思ってんだろー。なー、コラ。パーだから、 チンポ突っ込まれるしか脳がないってバカにしてんだろ、NAO。あー、コラ、 そうだろー。あたしはチンポ突っ込まれる仕事はしないわよって、NAO、おめ え、心ん中で気取ってんだろー。あたしのことバカにしてんだろー、コラ。わ かってんだからなー」 　悪酔いしてきた雅代ちゃんに首を絞められる。 　雅代ちゃんは、ふだんはこんなことは口にしない。 　控え室では一番明るいし、誰よりも吹っ切って、この仕事をしているように 見える。 「思ってねえよ。ほんとに。そんなこと思ってねえよ」 　それだけ私は言った。 　雅代ちゃんのダンナは、このあいだから家に帰ってこない。何の連絡もない という。雅代ちゃんの神経は今ぴりぴりしている。 「別に悲しいわけじゃねえけどー。なんか泣いてんじゃん俺」 　雅代ちゃんにあげるために持ってきたアケビのジャムを控え室で渡すのを忘 れて、雅代ちゃんちでもまた渡しそびれてしまった。 　昨日、「庭のアケビが食いきれないからジャムにした。食え」と太一が宅急 便で送ってきてくれたのである。 　一口嘗めて、あ、私には甘すぎると感じて、甘いもの好きの雅代ちゃんにあ げようと思ったのだ。 　ユウが起きてしまった。 　またゴーゴーファイブの財布から金を出したり入れたりしてご機嫌の様子。 「ユウ、お金持ちなんだから、こんど、おねえちゃんにお店で何か買ってよ」 「いいよ」 　ユウは得意気にうれしそうに言う。 「じゃさ、アイス買ってよ」 「うん」 「ほんとに買ってくれる？　じゃ、おねえちゃん、何買ってって今言った？　 ユウ、忘れちゃったんじゃない？　だいじょぶ？　言ってみてよ、おねえちゃ ん、何買ってってユウに言った？」 「ヤキトリ」 　ヤキトリ？　なんじゃいそら（笑）。 「ヤキトリじゃなくて、アイスだよ。言ってみて。おねえちゃん、何買ってっ て言った？」 　ユウはしばらく考えて、 「ヤキトリ」 　とまた言った。 　三回目を訊いても、ユウはやっぱり「ヤキトリ」と言う。 　なんでヤキトリなんだよ（笑）。 　雅代ちゃんは泣き笑いした。
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