１０月４日
	夢で泣きましょう
	昼寝していたのに、奈々ちゃんに揺り起こされる。 「NAOちゃん、あんまり泣いてるからかわいそうで起こした」 「綾。ホステス、22歳。」の中で私は嘘を書いた箇所がある。 　あるシーンで私は泣いたことになっているが、実際は涙は出なかった。 　気分としては十分に泣いていたのだが、涙はこぼれなかった。 　もう何年、私は泣いていないだろう。 　養豚のおじさんに怒られてうわーんと泣いたことははっきり覚えているし、 小学生のときは、なんやかやと子どもらしく私はよく泣いていた。 　けど、小学校高学年、中学生あたりからは泣いた記憶がない。 　気分としては泣いていても涙が出ないのだ。 　そのかわり、夢で私は泣くようになった。 　悲しい夢を見ていてぽろり。 　あるいは目が覚めてどんな夢なのか覚えてないのに目から涙があふれている こともある。 　同居人は一緒に住みはじめた最初のうちはそういう私に驚くようだ。 　私が寝ながら泣いていると、「NAOちゃん、どしたん。やな夢見たん？」と 起こす。しばらくすると慣れて、そのままほっといてくれるようになる。 　でも、時に、ひどくぼろぼろ泣くときがあるらしく、そういうときは今日み たいに起こされる。 「起こさないほうがいい？　どっちがいいんかな？」 　奈々ちゃんは言う。 「うーん。どっちでもいい」 　私は答える。 「まだ涙がとまらないやん。抱っこしてやるよ」 　十七才の、自分の稼ぎで暮らしてもいない、私からしたらまだまだケツの青 いガキの奈々ちゃんが、私の背中に両腕を回してぎゅーっと抱きしめる。 　いいよ子どもじゃないんだから、と言うのもおっくうなのでされるがままに なる。別に誰かに見られてるわけじゃないし、いいや。 　私は奇妙に現実感が乏しい人間だ。 　本や映画の世界のほうにリアルを感じて、自分が生きているこの世界に対し ては不感症気味のところがある。このリアルが逆転した感触は、私が泣かなく なった時期とおそらく一致する。 　夢の中の私と現実の私を比べると、夢の中の私のほうがよっぽど生々しくて 人間らしい。いつか夢に飲み込まれてしまわないかと恐ろしくなる。
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