１１月１０日（水）
	時には父のない子のように
	私が巡回しているある風俗嬢ホームページで興味深い書き込みを見た。 　統計的に風俗嬢には父親のいない人が多い、ということをホームページ主催 者の風俗嬢が書いていた。 　そういう統計報告がどこかにあるのかはわからないが、これは私も実感とし てかなり頷ける。身近な話としては、うちの店のＳＭ嬢は二人に一人は父無し 子だし（ワシもな）、風俗嬢のウェブ日記をいろいろ読んでいると、あれ、こ の人も父親いないのか、ということがけっこう頻繁にあってびっくりする。 　父無し子でなくても、ひでえ父親ってパターンも多いな。 　ＯＬ、教師、公務員、店員……他のどんな職業と比較しても、父親の不在に 関しては風俗嬢がダントツぶっちぎりなのではないだろうか。誰かこのテーマ で一冊書いたらおもしろい本ができるんじゃないかなあ。 　私の父親は失踪して生死さえも不明だと思っていたのだが、最近、あるルー トから父はちゃんと生きているという情報が入ってきた。 　情報の真偽はまだわからない。情報提供者にもっと詳しく尋ねることも可能 だけど、なぜかそうすることができないでいる。情報を一方的に受け取ったま ま、数か月がすぎてしまった。 　文章を書くようになってから、なんだか加速度的にあれやこれやと、私の身 のまわりで起きる。なんでだ？　ここ一、二年、人間関係に変化がばーっと起 こっている。貴ちゃんは精神病院に入ってしまうし、千佳ちゃんとはほぼ別れ るハメになってしまったし、奈々ちゃんはうちに転がり込んでくるし、父親の 居場所がわかるかもしれないし、実家が所有していた二束三文の土地が何かの 事業計画に引っかかって億の金が入り込み、金をめぐって今ワシの田舎では流 血の惨事が起きてるらしいし、その他にも何かとわさわさ起こっていて、もう わけがわからない。 　父と最後に交わした会話を覚えている。 　私は父と庭にいた。 「これ、なんてん？」 　ピラカンサの実と似た赤い小さな実がついている庭木を指さして、私は父に 訊いた。 「ナンテンだよ」 　父は言った。 　父が冗談を言っているのだと思って、私はもう一度訊いた。 「本当はなんてん？」 「だからナンテン。ナンテンっていう木」 　父は笑って言った。 　何度か同じやりとりを繰り返した。父が私をからかって答えないのだと思っ て、しまいに私は泣きだした。 「ほ、本当にこれはナンテンって名前の木なんだよ」 　父は慌てて言う。 　私は父の言葉を信じなかった。まだ私をからかってるんだと思った。 「ほ、ほん、ほんとは、なん、なん、なんて〜んっ」 　ヒックヒックしゃくりあげながら私は父に言う。 　ようやく泣きやむと、父がにこにこ笑って私を見つめているのに気づいた。 「直はいい子だね」 　心から慈しむように彼は言った。 　ナンテンの話から、なぜ「直はいい子だね」になるのか、まったく唐突な気 がしたのを今でもよく覚えている。 「直は本当にいい子だよ」 　父のシャツの袖が、私の涙を拭いた。 　父が家を出たのは、それから三、四日後のことだった。 　私がまだランドセルをしょっていた遠い昔の話だ。
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