１１月７日（日）
	反則だよ、千佳ちゃん
	たっぷり十分は沈黙してから千佳は言った。 「もう疲れた」 　その声は少しも怒っていなかった。逆に私が今まで聞いた千佳の声のなかで 一番優しい声だったかもしれない。 「直ちゃんは自分のした行為に酔ってるからいいだろうけど、でも、あたしは どうなるのかな。やっぱり直ちゃんにとって必要なのはあの人だけなんだね。 わかってたけど、今回は思い知らされたみたい。もういいや。うん。もう疲れ た。疲れたよ、あたし。あの人とあたしのどこが違うんだろうね」 　言ってから、千佳はかすかに笑った。 「いったい何があったら、そんなに異常に人を好きになるの？　直ちゃん、狂 ってるね。直ちゃんこそ狂っちゃえればいいのにね。そしたら楽になれるのに ね。正気の中でそれだけ狂うのって辛いでしょ」 　千佳はよりいっそう優しい声になる。 「わかってると思うけど責めて言ってるんじゃないからね」 「わかってるよ」 　私は返事をする。 　私と千佳の今後については、千佳の提案で、電話もメールも、もちろん会う こともしばらくやめようということになった。期限は無期限。 　電話を切ろうとした千佳を引き止めて私は言った。 「千佳ちゃん」 「うん？」 「わかってると思うけど怒らないなんて反則だよ」 「うん。わかってる。ごめん」 　何も悪くない千佳がなぜか最後に謝っていて、不謹慎だけれど私はちょっと だけおかしかった。
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