３月２３日（木）
	父の手紙
	宅配便でダンボールが二箱、見知らぬ女性から届いた。中にはぎっしりと手 紙の束が入っていた。 　一週間前、父が死んだ。 　一時的に退院し、ダンボール箱を送ってきた女性のところで療養していた。 　いよいよ弱る前に最後を家で暮らさせてあげるという、病院のよくある措置 である。直接的な死因は食べ物を咽に詰まらせたことだったそうだ。すぐに病 院に運ばれたけれど、体力が弱っていたせいでそのまま亡くなってしまった。 　私がお見舞いに行ってからいくらもたたないうちに死んでしまった。 　届いたのは、父が他人から盗んだ手紙が一箱分、そして盗んだ手紙に父が書 いた返事が一箱分。手紙の束とは別に、一通の手紙が添えられていた。 「龍男さんは、あなたの本を何度も繰り返し読んでいました。お送りした手紙 は私が持っているより、ご家族の方、あなたが持っていたほうがよいような気 がしました」 　まだ読む気に私はなれない。盗んだ手紙に父が書いたという返事は封も切ら れていないものだ。口をしっかりと糊で張ったまま、消印の押されていない切 手を付けたまま時が静止している。便箋が入った白い封筒はそのまま未開封で 十年以上の時を経ている。 　その時の重みを思えば、どうしてすぐに開けられるだろう。 　でも、いつか私は封を切る。父という人間の軌跡を私は辿るだろう。 　父はどんなふうに生きたのか、あなたはどういう人だったのか、本当は誰に その手紙を出したかったのか、家族とは何なのか、あなたと母のあいだに何が あったのか、何もなかったのか、どんな時間が流れた末に私は私なのか。 　それらを何かの形で書き記してあげるのは私の役目である。
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