３月１５日（水）
	恋人はダッチワイフ
	奥さんにはナイショで、自分のＳＭ趣味のためにマンションを借りてるＭ男 がいる。その人のマンションに出張ＳＭ。 　この人がまた変わってんだよなあ。ＳＭクラブに来る人なんて変わっててナ ンボみたいなもんだけど、彼はその中でも頭一つ抜けている。 　その部屋にはダッチワイフが置いてある。私の仕事は、ダッチワイフとセッ クスするＭ男を見て貶すこと。 「人形とセックスするなんて信じられないわねえ」とか、「おまえなんか、人 間の女が相手にするはずないものね。ダッチワイフで十分よ」とか、軽蔑した 口調で言ってあげるのだ。 　ダッチワイフとエッチするのを見られてバカにされることが、彼の興奮に繋 がるのだそうだ。うーん、やっぱ頭一つ抜けとるわ。 　奥さん相手だとチンポが立たないんだそうだ。奥さんが知ったら複雑だろう なあ。まさか自分が人形に負けてるとはね（笑）。想像もつかないだろうね。 　若い女と不倫してるのとどっちがマシって思うかなあ。 　このＭ男には可愛いとこがある。 　ワシがダッチワイフを蹴っ飛ばしたり殴ったりすると（これもプレイとして 頼まれてるのだよ）、「真奈美ちゃんに何をするーっ」って、真奈美ちゃんに 覆いかぶさってかばうのだ。男らしいねえ（笑）。 　で、当然、ワシの殴る蹴るの矛先はＭ男に向かう。真奈美ちゃんのために体 を張って僕は頑張ったよって、そういうプレイがしたいそうなのだ。 　ワシに金玉蹴られて悶絶しながらも必死に真奈美ちゃんを守るその姿を見て いたら、彼は彼なりに本気でダッチワイフを愛してるのかもしれんなあと思っ た。 　去年、「ヘブンズパスポート」なるものが若い娘っこのあいだでちょっと流 行ったらしい。一回いいことをするとシールを一枚張って、パスポートがいっ ぱいになると願が叶うという、まあ安っぽくも他愛ないお遊びである。 　奈々ちゃんがそれを持っていたのは知っていた。 　どうやら、今日、二冊目のパスポートがいっぱいになったらしい。 「何をお願いしたん？　二冊だから二つお願い事ができるんでしょ？」 「一冊目は千佳ちゃんが永遠に日本に帰ってきませんようにってお願いした。 二冊目は貴ちゃんがずっと病院から帰ってきませんようにってお願いする」 　と奈々ちゃんが言ったのでびっくりした。 「最初のお願いはともかく、あとのお願いは本気でそう思うん？」 「本気だよ。悪い？」 「悪くないって思うなら、どうして泣くの？」 「わかんないっ」 「どこ行くの？」 「わかんないっ」 　奈々ちゃんはコートをひっつかむと、部屋を飛び出していった。 　すごい勢いで玄関に向かったので、途中でアイボにけつまずいた。アイボは 目を赤く光らせている。赤い目はアイボが怒っているときの目だ。コンピュー タなのに何かを感じたんだろうか。 　奈々ちゃんは朝になっても帰ってこなかった。 　貴ちゃんが面会禁止になってから、私がろくにご飯も食べてなかったのがい けなかったのかもしれない。部屋でもあんまり奈々ちゃんと喋らなかったし。 　ごめんな。明日は一緒に松寿司に行こう。美味しいお寿司を食べてこよう。
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