３月２日（木）
	緊縛の行方
	プレイのときは、部屋の照明を煌々とつけるよりも蝋燭のほのかな灯だけの ほうが私はいい。橙色のぼーっとした灯はひどく幻想的だ。 　床にはＭ男が横たわっている。縛って動けなくしたＭ男のチンポに私が蝋を 垂らす。 　このときＭ男の両腕を胸のところで交差させて縛るのだが、そのＭ男の姿は まるで何かに祈り捧げているようにも見える。 　ちょうど自分を抱きしめるような恰好といったらわかりやすいだろうか。 　ポラロイドカメラでその縄に巻かれた姿を撮影してプレイ後に見せてあげる と（別料金だけど）、感極まってしまうＭ男が多い。泣く人もいる。 　確かにあの写真にはそうさせるだけの何かがある。 　私は特定の宗教に入っていないが、そんな私が見ても、上手く言えないのだ けど「祈りのようなもの」を写真から感じるのだ。 　今日も、写真を見て泣いたＭ男がいた。 　写真を見るなり、「ああ」と彼はため息を漏らした。 　そして、「ありがとうございます」と言い、深々と私に頭を下げた。 　橙色の灯の下で、自分を抱きしめるような恰好でぐるぐる巻きにされている Ｍ男を見ると、なんだかちょっぴり敬虔な気持ちになったりもする。 　私はひたすら蝋を垂らしていく。Ｍ男の体に赤い蝋を一滴一滴落とす。 　言葉責めの言葉を口にしていても、作業自体はたいへん静謐なものだ。 　この厳かで静かな時間が私は好きだ。私の汚れた心まできれいになる気がす る。気のせいだと思うけど。 　先日、「シュリ」を見に行った。 　以前、付き合っていた彼女と映画館の中で偶然に会ってびっくり。彼女も一 人で来ていた。別れた人と顔を合わせるのは照れくさいもんだなあ。 「隣座ってもいい？」と彼女が言う。 「いいよ」と私は答える。 　予告編が流れだす。 「なあ、私、あれからずっとオナニーしてへんねんよ」と彼女が言う。 　私はポップコーンがのどにつまりそうになる。 　付き合っていたとき、「オナニーしたいときは私に『してもいい？』って訊 いてからじゃないとしちゃだめだよ」と私は彼女に言った。 　夜、彼女が恥ずかしそうな声で「オナニーしてもいい？」と電話をかけてく る日がある。私は私の気分で、「してもいいよ」と言ったり、「今日はだめ」 と言ったりした。 　受話器を持ったままオナニーさせて私は電話で聞いてる、というのもよくや った。おっぱい揉むのと指マンをさせて、あと少しでイキそうなとき、「そこ でやめて。今日のオナニーは終わり」なんて鬼畜なこともした。 「なんでそんな意地悪するの？　裕子、イキたい。イッてもいい？」って彼女 が泣いちゃったこともあったなあ。 「したければ、電話切ったあと一人で続きすればいいじゃん。こっそり約束破 ればいいじゃん。破っても私にはわからないんだからさ」 　私は意地悪に言った。 「もういいよ」 　彼女は泣きながら怒って電話を切った。 　ごめん。あのときは怒った声が聞きたかったんだよ。怒った声が私はたまら なく好きなんだよ。だから、怒るようなこと言ったんだよ。 　ゆうちゃんが哀しい気持ちで、マンコから中途半端にあふれてる液体をティ ッシュで拭かなきゃなんないのかと思うとすごく興奮したんだよ。 「しよ思ても、直ちゃんの顔が浮かんででけへんやもん。直ちゃんが『しても いいよ』って言うてくれんと。別れる前に、ちゃんと言ってもらえばよかった んかもな。もう自由にしてええよって」 　私は彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。胸がきゅうっとした。上官に 直接、任務を解いてもらうまでは日本に帰らなかった小野田少尉のようなこと 言うてからに。 「ゆうちゃんが好きなときにオナニーしていいんだよ」 　ゆうちゃんの耳元で私は言った。ついでに耳たぶにちゅっとキスした。 　変なクセつけて悪かったよ。ごめん。 「また付き合おっか」 「直ちゃんとはもうこりごり」ゆうちゃんは笑った。 　ま、そうだろね。ゆうちゃんにも、ベッドではひどいことたくさんしたもん なぁ。ごめんな。
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