1月26日(水)
  林檎の寝室
 

   最近、夜がぐっと冷え込む。
 駅のホームで立っていると、空気が痛くて耳が取れそうだ。
 そういうときは、どうしてもホットコーヒーが飲みたくなる。飲みたいんじ
ゃなくて、あのあったかい缶をほっぺに当てたいだけなんだよな。
 やっぱり考えることはみんな同じで、ホットの飲み物を買う人たちがけっこ
ういる。冬の駅のホームのあったかい缶ジュースは、飲み物というより暖房な
のだ(笑)。
 カップルだと、百パーセント、相手のほっぺにも缶を当てる。相手のほっぺ
に当てて、また自分のほっぺに当てて、また相手のほっぺに当てる。
 その光景を見るのが私は好きだ。


 ジュースの販売機は変な楽しさがあっていい。
 一番好きなのは、ピコピコピコピコって音がして当たり外れがあるやつ。
 当たりだと、こっ恥ずかしいファンファーレが鳴って、もう一本おまけがも
らえるあれ。あの販売機、最近見ないなあ。
 深夜に当たりが出ちゃうと、心臓に悪いんだよな。わーっ、でけえよ音!
止まって止まって早くー! って(笑)。

 釣り銭口は、この年になってもまだ手をつっこんでいる。
 いまだに、十円でも見つかると嬉しい。おっ、ツイてるなー、今日はなんか
いいことありそー。と単純にいい気分になる。

 ボタンをいっぺんに押して、どのジュースが出てくるかドキドキ待つのも、
いまだにやる。飲みたいジュースのところで手にかすかに力が入ったりして、
ボタンいっぺんの意味がなかったりするんだけどな(笑)。



 カラオケボックスで朝まで過ごせばいいんじゃないか、一人でカラオケボッ
クスに行くのは少々怪しい人になってしまうけど別に店に断られはしないだろ
うし、お金なら私が毎日出してもいいと林檎に提案したがダメだった。
 朝まで起きていられればいいが、「うっかり寝てしまうのが恐い」と林檎は
言う。隣のボックスに人がいるのもダメなんだそうだ。
 とにかく眠るときはそばに人がいてはダメなのだと林檎は力説する。

 あまりにも寒いので、また林檎が心配で様子を見に行く。
「直だよ」
 トイレのドアをノックする。
 フードをすっぽり被って、トレーニング中のボクサーのような林檎が出てき
た。ちょっとおもろい。
「凍死してないかと思ってさ」
「あいにく生きてるよ」
 そんな減らず口が叩ければだいじょうぶか。
 ドアの鍵を閉めて、しばらくのあいだキスした。
 深夜の公衆トイレでするキスなんてはじめてだ。こんな場所ではお互いが暖
房になる。林檎の舌があったかい。
 物音ひとつしない。恐いほど静かだった。
 トイレなのに、ちっとも汚い場所って感じがしなくて不思議だ。本当に林檎
の寝室みたいな気がする。

 ホットコーヒーの缶を林檎のほっぺに当てる。
「あったけぇ」
 林檎は言った。
 スキーの服みたいなのを着込んで、中にはカイロを張れるだけ張っているよ
うだ。ぶくぶく着膨れしていている。
 林檎とキスもセックスもしてるのに、一緒に眠ることだけがまだできていな
い。いつか林檎と一緒に眠れる日がくるのかなぁ。
「じゃ、おやすみ」と私は帰る。
 林檎は再びフードを被りボクサーになる。
 やっぱりおもろい。
 おもろいけど、チクショー胸がいてえ。









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