1月23日(日)
  その鍵、死んでます
 

   私は、いったいいくつの鍵を持っているのだろうか。
 今日、なんとなく数えてみたら三十九個あった。
 付き合った人との思い出の品を取っておくなんてかわいらしいことは私は一
切しない。プレゼントしてもらった指輪は無くして平気だし(探そうとも思わ
ない)、かつて付き合った人の写真も部屋のどこにあるんだかさっぱりわから
ない。たぶん何かのゴミに紛れて捨ててしまってるような気がする。ひで。

 でも、もらった合鍵だけはいつまでも取っておく。
 はじめて合鍵をもらった十五歳のときから今日までのあいだに、私は三十九
人の人から鍵をもらったということらしい。
 毎日のように使った鍵もあれば、一度も使わなかった鍵もある。
 使うつもりがなくて、この人の部屋になんか絶対に行かないだろうなと思っ
ても、鍵だけはなぜか欲しいのだ。高価なプレゼントなんか欲しくもない。
 鍵だけもらえればそれでいい。
 私はすぐに鍵をねだるので、付き合った初日に鍵をもらって次の日に別れて
るのもしょっちゅうだった。

 私は時々それらの鍵を見る。
 鍵を見てるのはとても楽しい。
 今そこへ行っても別の人が住んでるかもしれないし、最近は住人が入れ代わ
るごとに鍵を変えるのがふつうだから、鍵穴に私が持ってる鍵を差し込んでも
開きはしない。ひょっとすると建物自体がもうないかもしれない。
 つまり私が持っている鍵は、鍵としては死んでいる鍵なのである。
 けど、それがいいのだ。
 死んでる鍵は、現実世界ではない何処かに繋がっているような気がしてなら
ない。そう思うと、気味が悪い。その気味の悪さにワシは惹かれる。
 その鍵をくれた人の記憶が薄れても、私は鍵だけは捨てない。

 たくさんある中のどれか一つの鍵をポケットに忍ばせて、私はたまにぶらっ
と出かける。
 昔、鍵をくれた人がまだそこに住んでいても、会ってきたりはしない。ただ
鍵をカチャリと入れてみるだけだ。おー、開く開く。開くことがただ純粋にお
もしろい。開けたら、ワシはそれで帰ってきてしまう。

 別の人が住んでるらしい場合は、開かないのをわかってて、でも鍵穴に鍵を
差してみる。このときの心臓のドクドクが最高に好きなのだ。
 この、部屋がやっぱり開かなかった瞬間に遭遇するがために、私はわざわざ
遠くまで出かけるのかもしれない。ワシ、怪しい人かなあ。

 もっとすごいドクドクもある。
 表札を見て、もう別の人が住んでいるのに、鍵が開いてしまったことがあっ
たのだ。人の入れ代わりがあっても鍵はそのままという不用心なところが、今
の時代にまだあったのである。
 はなから開かないと思っていたものが開いてしまったものだから、あのとき
は本当にびっくりした。びっくりしたけど、なんだか嬉しくもあった。その死
に損ないの鍵が何か特別の不思議な鍵に思えた。



 黄土色のいかにも古くさい鍵を持って、今日は遠出してきた。
 片道、三時間の電車。
 あのおんぼろアパートはまだ建ってやがるだろうか。
 私はそこに立ち尽くした。
 アパートがきれいさっぱりない。鍵が変わってるどころではなかった。この
鍵を入れる鍵穴さえなかった。
 せっかく来たのに。私は心地よく途方に暮れた。
 意味のない笑いがこみあげて仕方ない。
 私が手にしているこの鍵はいったい何処に繋がっているんだ?
 わからない。わかっているのは、ワシがとてもヒマ人だということだけだ。
 不気味な鍵をワシはじっと見る。不気味だけど、どういうわけか奇妙に愛し
い。ワシはもっと鍵が欲しい。







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