１月１２日（水）
	ロストハウス
	朝方、やけに冷え込んだ。雪になるかなとベッドの中で感じた。 　昼前に起きる。カーテンから入ってくる光は暗い。雪じゃないんだな。雪な ら部屋の中に白い光が入ってくる。 　カーテンを開けて外を見ると、寒そうな雨が降っていた。 　あいかわらず背中を丸めて出勤。今日は店がヒマだった。 　まだ体が本調子じゃないし、生理直前で腹も鈍重い感じだし、Ｍ男二人こな しただけでとっとと早めに切り上げて帰ることにする。 　ほんと寒いなあ、今日は。彼女のことが気になって、深夜に出かける。 　彼女とは、三週間前、カラオケボックスで知り合った。 　私と雅代ちゃんが歌っていた個室に、酔っぱらった彼女たちのグループが乱 入してきたのだった。彼女は人一倍陽気に騒いでいた。 　私と彼女はすぐに意気投合して、「ロンリーチャップリン」をデュエットで 歌った。 　彼女は顔の雰囲気が椎名林檎にちょっと似ていた。わたしは秘めたる思想を 持ってるわよ、と言わんばかりの生意気そうな感じがとても可愛かった。 　トイレに行った彼女を追いかけて、「キスしてもいい？」と私は訊く。 「キスしてして〜」彼女はしなだれかかってきた。 　トイレの個室の中で、長いディープキスをした。 「ねね、自宅？　一人暮らし？」 　私は訊いた。 「自宅、なのかなあ？　うーん、一人暮らしなのかなあ？」 　彼女は不思議な答え方をする。 「どっちなんだよ」 　私は笑った。 　カラオケボックスを出て、彼女の友達たちは誰かのアパートになだれ込むよ うなことを言っている。 「一人暮らしなの？　だったら泊まりたいな」 　私は彼女の部屋に泊まりたいと思った。 「いやー、泊まれないと思うよ」 「思うよってなんだそれ」 　曖昧な答え方だなあ。 　住んでるのは自宅だけど寝る場所は自宅じゃないんだ、と彼女は言う。 「夜は誰かの部屋に泊まってんの？」 「そうじゃないんだけど」 　ますます曖昧なことを言う。 　一体どこで寝てるんだ？？？ 　とにかく彼女の後をついていってみることにした。 「え？」 　私は目を疑った。 「ここ」 　彼女が指をさした場所は公衆トイレだ。 「わたしね、一人じゃないと寝れないんだ。近くに人がいると寝れないの。友 達の部屋はダメ。二部屋あって、友達と別の部屋で寝させてもらってもダメな んだ。隣の部屋に人がいるってだけでダメだから。だからアパートもダメ。家 ももちろんダメ。一人じゃないとダメ」 　胸が痛くなった。 　胸が痛い、という言葉の意味を、このとき、私ははじめて知ったと思う。 　表現として「胸が痛い」と言っているのではなく、本当に心臓のあたりにチ クッと痛みが走った。 　こんな寒い晩も、彼女はあの場所でたった一人で寝るのだろうか。 　いた。個室は閉まっていた。 「クミちゃん」 　呼ぶと、鍵が開いた。 　たまらなくなって、私は彼女を抱き寄せる。 「うちに来ない？」 「ありがと。でも」 　彼女は首を左右に振った。 　彼女の家はどこなんだろう。 　胸が痛い。 　帰ってから、眠っている奈々ちゃんを抱きしめる。 　奈々ちゃんの家はここなんだ。 　先のことは少しもわからない。でも今は一緒に。
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