１月１１日（火）
	今年こそ死ねるといいね
	風邪、徐々に退散。ウンコもいいのが出るようになってきてホッ。 　しかし、寝てるのって飽きない。 　ずーっと寝てて、寝てる合間に時々起きるっていう人生を送れたら幸せかも なあ。あ、それって猫か。 　今たいへんなのは風邪より実は腰だ。変なタイミングで咳してしまったみた いで、グギッとイヤな音がした。背中を微妙に丸めてると痛くないのだが、ふ つうにまっすぐの姿勢でいると辛い状態。 　でも、日銭で暮らしてる身としてはそうそういつまでも休んでられないので 背中を丸めて出勤。イヤだよなあ、腰の曲がったＳＭ嬢って（笑）。ちょっと 詐欺かもな。ま、いいか。 　年末に買っておいた新しい衣装を初着用。 　エナメルのボディスーツというと赤か黒が定番だが、最近はヒョウ柄のもあ るのだ。自分で言うのもなんだけど、我ながらカッコええー。めちゃめちゃワ イルド！　エナメルを身につけると、やっぱり気が引き締まるなあ。いっちょ やるかっていう気持ちになる。 　Ｍ男の女王様の衣装に対しての”こだわり”っていうのは、それはもうマニ アックだ。こういう衣装で苛めてほしい、こんな衣装で責めてほしいという要 望を一人一人のＭ男がそれぞれはっきりと持っている。 　喫茶店に入って「あ、同じので」みたいな主体性のない人ってよくいるが、 Ｍ男に限ってそれはない。Ｍ男はこだわりの人だから（笑）。 　ワシはＭ男の要望は可能なかぎり聞き入れる。 　でも、パジャマの女王様ってどうよ？　いや、いるんだわ、そういう希望の Ｍ男が。そりゃ希望されれば着るけどさ、気が引き締まらないんだよなあ、パ ジャマは（笑）。女王様ルックじゃなくて、ジーンズにセーターとかのふつう のカッコ希望っていうＭ男もけっこういる。 　変わったとこでは、ジャージを着て欲しいという要望もあった。学校の女の 体育教師に憧れたクチなんだろうな。わかりやすくて、かわいいけど。 　夏祭みたいな浴衣を希望されたこともある。浴衣はねえ、ワシ的には気が引 き締まらんね。だって、浴衣着たら右手には綿アメ持ちたいじゃん、鞭持ちた くないじゃん。左手には金魚の入った袋を持ちたいじゃん、蝋燭持ちたくない じゃん。 　やはりボンデージを着てるときが、気分的には一番やりやすいなワシは。 　おじいちゃんが来た。 　聞けば、八十五才だとか。ＳＭクラブで長幼の序を重んじてたら仕事にはな らないけど、そんな目上の人にエラソーな口たたくのはさすがに気が引ける。 　それ以前に、おじいちゃんの体力が心配だ（笑）。 　おじいちゃん、お金持ちで、風俗にはよく行くんだって。ソープにヘルス、 毎週のようにどこかの風俗に行ってるんだけど、そういえばＳＭクラブって行 ったことないなあと思って、今日は好奇心で来てみたそうだ。 　おじいちゃんの場合、風俗で抜く時代はもうとっくに卒業してて、今は女の 子とただ話をするために通ってるんだそうだ。 「お年玉もってきたから」 　おじいちゃんはお年玉袋をワシに差し出した。 　一応、ワシ、女王様なんだけどね（笑）。 　お年玉もらうって調子狂うなあ。もちろん受け取ったけど。 「あ、どうもすいません」 　私は言った。言ってから、可笑しくて笑った。 　この衣装を身にまとって、「どうもすいません」はねえよな。頭もちょっと 下げちゃってな。 　袋の中身は一万円。ヒャッホー。 　おじいちゃん、毎年一月いっぱいは、行った店の風俗嬢にお年玉を配ること にしてるんだそうだ。 　ひとしきり、おじいちゃんは「へー、ほー」と珍しそうに私が持っていたＳ Ｍ道具を眺める。そのあとは、とりとめのない世間話になった。 「早くあっちの世に行きたいんだけど、どうもなかなか行けなくてねえ」 「こっちの世はもういいんですか？」 「ああもう十分生きたよ」 「じゃ今年こそ行けるといいですね」 　私が言うと、おじいちゃんはちょっと驚いたようにニコッと笑った。 「あなたは変わってるねえ。ふつうは、『まだまだこれからじゃないですか』 なんて見え透いたおべんちゃらを言うもんだよ」 「言ってほしかったですか？」 「いや、言ってほしくなかったよ」 　私たちは声をそろえて笑った。 「あっちには会いたい人がいるからなあ」 「何人くらい？」 　そうさなあという表情で、おじいちゃんは指を折った。 「三人、かな」 「三人も会いたい人がいるなんて、あっちに行くのが楽しみですね」 　おじいちゃんは、シワシワの顔でまたニコッと笑った。 　仕事中にこんな丁寧語で喋ったのなんてはじめてだな（笑）。 　私が死ぬときは、何人あの世に会いたい人がいるだろうか。
	←Back　　　 Index　　　Next→