８月２９日
　 敗者髪切りマッチ
　

　 　プロレス、格闘技に詳しい女王様が一人いると、店は助かるらしい。
　プロレスプレイを希望するＭ男に対しては、
「一応お受けできますけど、プロレスに詳しい女王様がいないので、マニアッ
クなプレイはできませんが、それでもよろしいでしょうか？」
　というのが、たいがいの店での平均的な回答だと思う。
　うちも私が入店するまではそう答えていたそうだ。

「それっぽい雰囲気で、軽く殴ったり蹴ったりしたけど難しいよねえ」
　一度だけその手のプレイをやったことのある樹里亜ちゃんは言う。
　だろうなあ。勝手がわからないだろうなあ。
　私はラリアットとアックスボンバーをちゃんと使い分けられるしね（笑）。

　今日は重要な試合だった。
　敗者髪切りマッチをやってきたのだ。
　いや最初から私が勝つことは決まっているので、髪を切られるのは絶対Ｍ男
なんだけど。
　髪は頭髪ではなくて下の毛。陰毛だ。

　プロレスプレイって、いいなー。楽しくて大好き（笑）。
　ちなみに私のリングネームはナンシーNAO。Ｍ男が昔、ナンシー久美という
女子レスラーのファンだったらしくて、ぜひその名前でとお願いされたのであ
る。Ｍ男のリングネームはマグナムＭ男だ。私が命名してやった。カッコいい
んだか、情けないんだかわからない名前で、けっこういいと思う。

　試合はきれいな握手、ではもちろんはじまらない。
　マグナムＭ男の差し出した右手を握るフリをして、まずはナンシーNAOの強
烈な張手からスタートした。
　つづいて、いきなり急所蹴り。マグナムＭ男、股間を押さえて悶絶。
　ダンゴ虫のように丸まったＭ男に忍び寄るナンシーNAO。ナンシーNAOは次
々と得意技を繰り出していく。
　Ｍ男が大好きなのが、リックフレアーのイヤイヤだ。
　ナンシーNAOが近づいていくと、マグナムＭ男はオーバーアクションで両手
を振ってイヤイヤする。こ、来ないで〜！　のポーズだ（笑）。試合中、マグ
ナムＭ男はこればっかりやっている。よっぽど好きなんだろう。

　しかし、ナンシーNAOは攻撃の手を緩めない。水着の中にはフォークを隠し
持っている。レフェリーも観客もいないのだから隠す必要はないのだけど、や
はりお約束ってことで（笑）。
　フォークでＭ男の胸を引っかくと、赤いみみず腫れがさーっと浮き上がる。
　これがけっこうきれいなので、私は何度も引っかきたくなる。
　Ｍ男の胸と腹には、何本もの赤い線が浮き上がった。
　Ｍ男のタイツを引きずり下ろして、尻にもフォークを突きたてる。いや、血
は出ないっすよ。先は鋭利じゃないんで。　

　ずーっと私が攻めていたんではおもしろくないのだ。
　マグナムＭ男にも一瞬の反撃を許す。そこがミソだ。
　マグナムの反撃は、ナンシーNAOを後ろから羽交い締めにして、おっぱいを
むんずと鷲掴みにすること。これくらいは許す。
「やったわね〜〜〜〜！」
　当然、怒りを買って、怒濤の反撃を食らうことになる。

　フィニッシュはもちろん電気アンマだ。
　試合タイム、二十七分、四十五秒。ナンシーNAOの豪快な（笑）ギブアップ
勝ちだった。
　独身の人なので、思い切り剃毛してあげた。毛がないチンコって恥ずかしい
ねえ〜。

　いや、こうして書いてみると、何やってんだろワシ。
　ＳＭクラブってこんななの？　こんなドタバタもするの？　華麗なる鞭ビシ
ビシの世界じゃないの？
　いやー、こんなのもアリアリなのだ。ＳＭクラブってマヌケが基本だったり
する。一日に一人は必ず笑えるＭ男がやって来る。

　マグナムＭ男は雪辱を誓ってまた来る。ほぼ毎週来る（笑）。
　しかし、永遠に勝敗は決まっている。それでも、負けても負けても、彼は来
る。負けたいためにやって来る。負けるためにやって来る。
　ナンシーNAOに、私にこてんぱんにのされるためにやって来る。
　かわいいやっちゃな。
　こんど、彼はチャンピオンベルトを作ると言う。タイトルをかけて戦いたい
と言う。おもしろいけど、それ、どこに保管しておけばいいのだ？ どうせチ
ャンピオンはワシなのだ。不動のチャンピオンなのだから。


昨日も純ちゃんと長電話。
純ちゃんと話していると、本当にいい育ち方をしたんだなあ、いい親に育て
てもらったんだなあ、ということがひしひしと伝わってくる。
父親も母親も自分の趣味、楽しみをいつも持っている人で、今も二人でフラ
メンコに夢中なのだそうだ。
「親は親で楽しんでて、けっこうほったらかしで育てられたよ」
純ちゃんは言う。
それは「最高の育てられ方なんだよ」と私は言った。

親の愛情を浴びるようにもらった人は、いい意味で大雑把な性格になるとい
うのが私の持論だ。小さなことでくよくよしない。何かあっても、「ま、いい
か」でとりあえず前に向かっていく。

親が持っているものは子に受け継がれる。
いいものも悪いものも受け継がれる。
純ちゃんはいいものをたくさん受け継いでいる。私には受け継ぐものがない
ことに気がついた。悪いものでさえ私はもらっていないのだった。


日の光からひりひりした感じが消えてきた。
夏が終わる。ＳＭ嬢になってはじめての夏。
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