８月１３日
	一人上手
	電車の中でカチャカチャとiモードメールを打っていると、横から、おばあ ちゃんが覗いてきた。 「あの、何をしてらっしゃるんですか？」 「えーと、メール……っていうものなんですが」 「メール」 「はい」 「メールって何ですか？」 「えーと、手紙みたいなものです」 「ああ手紙」 「はい」 　私は、中断されたメールを書きだす。 　しばらくして、おばあちゃんは、また話しかけてきた。 「あの、何をしてらっしゃるんですか？」 「さっきの続きを」 「続き？」 「えっとメールの」 「メールって？」 「……えーと、さっき言いましたけど、手紙みたいなものなんですけど」 「ああ手紙」 「はい」 　同じ会話が二回ループした。 　おばあちゃんは少しボケているようだった。ニコニコした表情で話す品のよ さそうな婦人だった。 　常連客からのプレイの予約は、店にではなく直接、私のところに電話かメー ルでくる。 　たまに、プレイ前もプレイ後も、Ｍ男モードの人がいる。 私はプレイ中は女王様を演じているが、それ以外のときはまったくふつうの 人間だ。だから、常にＭ男モードの人には、うーん……と思ってしまう。 　そういうＭ男から来る予約のメールは、見事にＭ男調、Ｍ男節で、今日も、 「来週の木曜日に、私の汚らしいお尻に鞭をいただけますでしょうか？」とい うメールが来た。 　時々、ＳＭクラブという範疇を越えて、もしかして、本物の奴隷を私は所有 してしまっていることになっているのかもしれない（ものすげえ回りくどい言 い方）、と感じることがある。 「私を客ではなく、真実、NAO女王様の奴隷だと思ってください。心は二十四 時間、NAO女王様の奴隷です」 　と言うＭ男も実際いる。 　一方的にあちらが「自分はNAO女王様の本当の奴隷なのである」と心の中で 思うことまでは止められない。 　なんと一途なＭ男かのぅ。ワシは二十四時間、君の女王様でいるつもりはま ったくないけど、君が勝手に奴隷でいることはまあ止められん。君の気分の問 題だからな。一人上手でよければ、二十四時間、奴隷でいてくれ。
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