11月22日(月)
  夜道の子どもとろくろ首
 

   気が抜けてるのかな。たぶん風邪引いてる。
 体が熱いけど、体温計で計るのが気分的にかったるい。いいや、計んない。
おおよそ三十六度八分くらいの熱って気がする。
 生理は二度くるし、やっぱり気が抜けてるのかもしれん。
 昨日の晩は、ワシはまた寝ながら夢を見て泣いてたらしい。でも、何の夢を
見てたのかは覚えてない。目が覚めたら泣いてた。

 調子わるいんだから家にいればいいのに、昨日は遅くまで空で飲んでた。
 マスターが空を開店した資金はなんと宝くじの賞金だと聞いてびっくり、い
や、うっとり(笑)。宝くじの一等を当てた人をはじめてこの目で見たぞ。
 マスターは元薬剤師で、空をはじめるまでは精神病院に勤めていたのだそう
だ。其処から宝くじで一発当てて一気に悠々バーのマスターかぁ。
 なかなか味のある経歴で、また、うっとり(笑)。
「なんで、店の名前、空にしたの?」
 けど、何度訊いても教えてくれない。ケチ。

 仕事がら、やっぱりいろいろヘビィな専門書を見る機会があって、こんど、
奇形の写真がいっぱい載ってる本を持ってきて見せてくれるという。
 また、うっとり。ワシはほんと下種な人間なので、フリークス写真を見るの
が昔から好きなのだ。
「背中から足が生えてるのある」
 マスターの言葉に思わず胸がときめく。

 そういえば、昔、父と節分の日に不動様に行って、見せ物小屋に入ったこと
がある(次の年にはやって来なくて、その次の年もさらにその翌年も来なかっ
たから、見せ物の火はあのへんが最後だったのかな)。
 三、四才ごろの記憶なのでおぼろげなのだが、ろくろ首のおねえさんが印象
に残っている。作り物の長い首を当時のワシは見抜けない。
「こんな姿に生まれてきて哀しい」
 おねえさんは言い、そして、「どうかお金をめぐんでください」と言った。

 おねえさんはきっと食べるものも無いだろう、とワシは同情し、父に買って
もらったお好み焼きをおねえさんにあげたような記憶がある。
 いや、焼きそばだったかもしれないな。忘れた。
 小銭しか飛ばない中、父が札を出したのは覚えている。
 父を誇らしく感じて、あの日のワシはうれしかった。

 家に帰ってからも、「首、長かったねー、長かったねー」と興奮さめやらな
いワシは何度も父にしつこく言った。
「そうだねえ、長かったねえ」
 父はワシのバカな興奮に話を合わせてくれた。

 明け方四時ごろ空を出た。家のちょい前までマスターに車で送ってもらう。
 抹茶アイスが食いてえ〜っと思い、コンビニで自分のと奈々ちゃんのと二つ
買う。ぶらぶら歩いて帰る。明け方の空気は冷えてて、熱っぽい体には気持ち
いい。

 そんな時間に子どもを二人見かけた。三、四才くらいの子どもが二人。男の
子と女の子。一体こんな夜中にどうしたんだ。

 アパートの一階の一番右の部屋のインターホンを男の子が鳴らす。女の子の
ほうが妹なのだろうか、男の子の手をしっかり握っている。
 二分くらいしたら部屋の明かりがついて、女の人が玄関に出てきた。
「ママがまたいないの〜」
 男の子は言った。
 女の子は泣いているようだ。

 子どもたちとどういう関係なのかはわからないが、玄関の女の人は明らかに
迷惑そうだった。ま、それはそうだろう。こんな時間に呼び鈴を鳴らされたら
たまったものではない。
「じゃ、とにかく中に入って」
 女の人は言い、男の子と女の子は中に入っていった。
 男の子は「また」と言った。ということは、こんなことは今日がはじめてじ
ゃないんだな。

 雅代ちゃんの家に私はたまに泊まりに行く。
 ユウもサトシも、寝ていて目が覚めたときに側に人がいないと、うわーっと
泣きだす。子どもってそういうもんなのかあ、と思う。

 事情はわからない。
 ただ、夜中の四時に、あんな小さい子どもが夜道を手を握りあって歩いてる
なんてなあ。やるせねえ。






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