３月１２日（日）
	尻が炭になった男
	太一から電話がくるなんて珍しい。珍しいというかはじめてだな。 「こんど小学校の同窓会があるんだけど、直はどうせ出ないよな？　今回、俺 が幹事なんだけどさ」 「もちろん出ないよ。そんなつまんないことでかけてきたの？」 「すまん」 　太一は電話を切ろうとしない。何か喋りたいことがあるようだ。 「先月、オヤジが死んだんだよ」 「えっ、そうなの？」 「うん」 「幹事なんかやってていいの？」 「いや、それはいいんだけど」 「だけど何？」 「俺んちって、コタツが練炭だろ？」 「うん」 「オヤジさ、コタツで寝ちゃって、酔っぱらってたんだよな、いい気持ちで寝 てて、ズルズルってコタツの中に体が滑るように落ちたらしくて」 「うん」 「それで一酸化炭素中毒だったんだ。でさ」 　でさ、と言ったあと、太一が少し笑ったような気がした。 「でさ、オヤジのやつ、練炭の上に腰かけるような形になったんだよな。それ でな、オヤジのケツ、炭化しちゃってたんだ。真っ黒くなっててさ、炭みたい になってたんだよ。俺、悲しいんだけどさ、すげえ悲しいんだけど、少し可笑 しくてさ、俺のオヤジはケツが炭になって死んだってそう思うと可笑しくて、 葬式のときも涙が出るんだけど、泣きながらも可笑しくてさ。坊さんがお経を あげてるとき、俺、うっかり笑いそうになっちゃったんだ」 「ごめん、太一。おもろい」 　たいへんだったね、とか言うべきことを言う前に、私は不謹慎にも笑ってし まった。 　太一のお父さんとはあんまり話したことはない。 　太一の家はキュウリの他にナスも作っている。小学生のとき、太一が学校で 「おまえの父ちゃんの指、カエルみてえだな」とバカにされたことがあった。 　ナス作りの何かの過程で、緑色の薬品を使うらしくて、太一のお父さんの指 は一年のある時期、アマガエルみたいな色になるのだ。私は太一のお父さんの そのカエル色の指がとても好きだった。めっちゃカッコいい！　と単純に思っ た。男子たちがなんで太一のお父さんの指をカッコいいと思わないのか不思議 でしょうがなかった。太一のお父さんは寡黙で、いつも働き者だった。 　太一の家にはまだあの写真があるんだろうか。太一んちの庭で、五才か六才 ごろの私と太一がトラクターに乗っかってバンザイして写ってる写真。あれは 太一のお父さんが撮ってくれたんだ。 　私が太一の家に最後に遊びに行ったのはそういえばいつかなぁ。 　太一は私が泣き虫だったころのことを知っている人間だ。あれは何で泣いて たときだろう。泣いてる私を慰めるために太一が椿の花飾りをつくってくれた ことがあった。ちょうど今頃のことだ。椿と椿を藁のヒモでつないだ首飾りは とてもいい匂いがした。 　太一ってひょっとして私の友達なのかな。幼なじみで、身近すぎて、そんな ふうに考えたこともなかったけど。 　太一のお父さんはこれから法事のたびに、あの人はケツが……と真っ先にそ れを思い出されてしまうんだろう。そして、集まった人たちにクスッと笑われ るんだ。それってちょっと楽しい気がする。 　この先、太一が何かでクヨクヨ落ち込むことがあったら、太一はお父さんの 最後を思い出せばいい。そしたら思い出し笑いして元気が出てくるだろう。 　山田さんちのおばあちゃんも亡くなった。今日が葬式。黒い服を着た人たち がたくさん来ていた。アカは先に逝ったんだな。 　山田さんの家の花を通りすがりに立ち止まって見ていく人を私は何人も見た ことがある。あの家はいつも花でいっぱいだった。今は紅梅がきれいだ。 　おばあちゃんは痴呆だったようで、花を見ている私に声をかけるときは同じ ことしか言わなかった。もしかしたら、おばあちゃんは他の人にも同じ言葉を かけていたのかもしれない。 「あなた、花が好きなのねえ。花が好きな人は、ご家族に誰か花が好きな人が いるのよね」
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