ダンゴ虫みたいに丸まって 　　　　　　　　　同棲以前のある日の話
	洗濯ものを溜めて、洗ってないパンツにカビが生えちゃうなんてことが男は あるらしいけど、そんなの女だってあることなんだよ。 　これは他人に話しても理解されにくいと思うんだけど、私は、時々なーんに もしたくなくなる。何かで落ち込んでとか、鬱病とかってわけじゃない。 　とにかく、なーんにもしたくなくて、部屋でごろごろごろごろ非生産的に寝 てる。そういうときは、とても眠くて、一日のほとんどを眠って過ごしてる。 　いくらでも眠れて、始終うつらうつらして、まるで恍惚の人になっちゃった 気分で、夢のように心地いいのだ。 　しゃきっとなってさあ社会復帰！　って気持ちにいずれはなるってことが、 長年の経験上、自分ではよくわかってるからいいんだけど、他人が見たら驚く よね。 　三日間くらいでその「ごろごろした生活」が終わるときもあれば、一週間く らい続くときもある。私が堅気の仕事につかないわけはこれ（理由は他にもあ るけどね）。 　だって「すいません、今なーんにもしたくないんで、会社休んでもいいです か？」って人間を雇ってくれるところはないもの。「ふざけてるんですか？」 って言われるのがオチ。だから水商売って仕事が私にはぴったりなんだよね。 「来週、出勤できない日は何曜日と何曜日です」「来週は……すいません、出 られません」。それでオーケー。ふふふ。ありがと、水商売。感謝してるよ。 　あれは梅雨のとき。 　雨の日が続いたせいか、いつもより長いごろごろだった。あんな長いごろご ろは初めてだった。 　なーんにもしない私の部屋は、ゴミ捨て場みたいになっちゃってさ。洗って ない食器が流しにこんもり、脱いだ服もそのまま部屋にぽい、布団ももちろん 敷きっぱなし。インスタントラーメンとか、レトルトシチューとか、レンジで 炊けるご飯とか、そんなものばかり食べてたよ。なんにもしないくせにお腹っ て減るんだね。 　パンツね、本当にカビが生えるんだよ！　新鮮な発見だったな。黒い小さな 斑点！　へえって思って、よーく見た。匂いを嗅いだかって？　当然！ 　ヨーグルトに似た酸っぱい匂いだったよ。臭いとは思わなかった（自分のだ からね）。 　彼女は突然、部屋に入ってきて、言葉を失ってた。「なんなのこれ……？」 って言いたかったんだろうけど、言葉が出てこなかったみたい。顔に書いてあ るって、まさにああいうことを言うんだろうね。 「ああ、これはね、だいじょうぶ、心配しないで。私は時々こういうことが… …」って説明しようとしたのに、彼女、いきなり私のこと、ぎゅーって抱きし めた。ぎゅーってきつくね。 　で、「眠れてるの？」って私に聞いた。眠れるどころか、毎日ぐーすか快適 に寝まくってたのにね。明日あたり、そろそろ仕事行こうかなんてことも思っ てたしね。 「一緒に寝よう」って、彼女は布団をめくった。私はとりあえず「うん」って 言って布団にもぐり込んだ。 　彼女の手は布団の中でも私を包んでた。そしたらね、私の足は自然と縮まっ て、体全体がダンゴ虫みたいに丸っこくなって、すぐに眠くなった。 　すとんと眠りに落ちそうだった。 　眠気のなかで思ったんだよ。私は彼女が心の底から大好きなんだなあって。 　そして、ふいに寿命について考えたりなんかしてしまった。いつも五十才く らいで死んじゃいたいなって思ってる私なんだけど、彼女と一緒なら、もっと 生きていってみたいなって。 　彼女がこの世に生きてる限りは、このクソったれなことばっかりの世界にい てみようって、ウソみたいに前向きな考えが浮かんだんだよ。 　彼女が百才とかまで長生きしちゃったら、こっちもそこまで付き合えるかわ からないんだけど、でもたぶん付き合えると思うんだ。 「ね、ママ、あのおばあちゃんたち、キスしてるよ」 「しっ。見るんじゃありません」 　そんなふうに、未来の公園で言われるかもしれないね。アハハ。 　不思議なんだけどさ、自分の寿命すらコントロールしちゃえる気がしてきた んだよ。なんだかね。 　翌日、部屋をきれいに掃除して、洗濯ものをパンパンっなんていい音させて 干す私を、彼女はちょっと呆れて眺めてたけど。 　彼女の名前は千佳っていうんだよ。私の大切な恋人なんだよ。それからまも なく、彼女と私は一緒に暮らしはじめたんだ。
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