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	コーヒー牛乳の雨

	「もう直ちゃんとセックスしない」　千佳は私に背を向けた。　またか、と思う。これまでも何度かそう宣言されたことがある。今度のセックス拒否ももちろん本気にしなかった。「ね、そんなはじっこにいたら、ベッドから落ちちゃうよ」　彼女の首に、後ろから両手を回した。　まだ髪がしっとりしている。風呂上がりの濡れた千佳の髪は、甘い匂いがする。せっけんとも違う。シャンプーの香りとも少し違う。　それに似た花の匂いをいつか嗅いだことがある。　あ、千佳の髪の匂いだ、と思った。友達の家の庭だった。花の名前を尋ね、そのときは覚えたはずだったが忘れてしまった。　植物図鑑であとから調べてみたが、その花は載っていなかった。　ごく最近、流行りだした園芸種なのだと友達は言っていた。まだ馴染みがないのだろう。薄紫色で、ラッパを逆さにしたような花だった。「触らないでよ」　千佳は、乱暴に私の手をはねのけた。　かまわずに、首筋に口をつけた。その気になってしまっている私はイライラしていた。　早く千佳の体が欲しくて、耳のなかに舌を這わせる。「あ……」　千佳が反射的に声をもらす。　耳元に息を吹きかけながら、私は彼女のパジャマに手を滑り込ませ、乳首をつまんだ。「なんだ、硬くなってるじゃん」　片手でボタンを一つはずし、もう片方の手はパンツに突っ込んだ。　だが、その先はいつものようには進まなかった。「やめてよっ。もう直ちゃんとのセックスはイヤだったらイヤなの！」　千佳は体をこっちに向け、激しく怒鳴った。　千佳が言っているのは、昨日、パンツを糸のようにして彼女の裂け目に食い込ませ、思い切り引っ張り、「痛いよ、やめてよ」と泣かれてもやめずに、さらに力を入れ、ぎりぎりと私が引っ張り続けたこと、だろうか。　千佳の陰部は赤く腫れた。彼女は、冷蔵庫から製氷皿を出した。カツンカツンと音がした。キッチンの流し台にぶつけている音だ。「ひりひりする……」と言って、ばらけた氷で、陰部を冷やす。　それから、気休めにオロナインを塗っていた。　それとも、三日前のことを言っているのだろうか。　千佳の乳首に私は噛みついた。　子どものとき、近所で猟犬を飼っている家があった。ポインターだった。「もし、猟犬に噛みつかれたら、無理に引き離そうと暴れたらだめなんだよ。猟犬は絶対にくわえた獲物をはなさないんだ。神経組織をずたずたにされてしまうからね。そのままじっとしているのが一番いいんだ。で、大声で人を呼んで助けてくれるのを待つ。ま、おじさんの犬は訓練してあるから、そういうことはないけどね」　そう言って、おじさんは、余分な肉の無い引き締まった犬の背中を撫でた。　千佳は、おじさんの言ったことを忠実に守った。　ただ、大声で人を呼びはしなかった。呼んでも無駄だ。私と千佳の部屋なのだから、私と千佳しかいないのだ。　苦痛に顔をゆがめて、千佳はじっとしていた。　噛み切られる、と恐くなったのかもしれない。　実際、血が出た。　それとも、バイセクシュアルの私と違ってレズビアンの千佳を、私の知り合いの男とセックスさせたことを言っているのだろうか。　一番、最近のそれは二週間前だ。　そんな昔のことを今、持ち出されても困る。　千佳は行為の最中、ずっと泣いていた。　私はそばで見ていた。それが見たかった。　私のことを好きな千佳が、その好きな私の前で、どんな顔で男にやられるのか、ものすごく見たかった。　行為の途中で、私の方を刺すような視線で睨まないかと期待して見ていたのだが、千佳は一度も私を見ようとしなかった。　ちょっと残念だった。　逆に私が男にされているのを彼女に見せたこと、だろうか。「下向いてたら、ぶっとばすよ。絶対に見てなくちゃだめだからね」　私は念を押しておいた。　男はひどく興奮した。　ペニスをくわえているときにも腰を振る。頭をゆらゆらさせながら、私はフェラチオした。少し酔った。酔いどめの薬を飲んでおけばよかったと思った。　私は乗り物に酔いやすいほうなのだ。　私の涎と男のぬるついた液で、口のまわりがべしゃべしゃになった。　男はいつもより、乱暴に私を突いた。「なあ、ほら、よく見てみなって。直、すげえだろ。直のまんこ、すげえスケベな音してんだろ」　このバカは、おしゃべりだからいい。使える。　千佳が耳をふさぎたくなるようなことを、セックスのあいだ中しゃべくりまくってくれる。　これは一ヵ月前だっか？　大昔のことだ。　考えられることがたくさんありすぎてわからない。　翌日、千佳は荷物をまとめた。「何も言うことないの？」　大きな旅行カバンをぶら下げていた。「ない」　ある、と言ったつもりが、反対の返事をしてしまい、自分でびっくりした。　千佳がテーブルの上のコーヒー牛乳の紙パックを手に取った。　茶色い液体が、頭から降ってきた。「変態っ」　千佳は部屋を出て行った。　いい匂いがしていた。　コーヒー牛乳の甘い匂いが私から漂う。　頭を左右に振った。飛沫が飛んで顔に当たった。　Ｔシャツを脱いだ。口を大きくあけて、私は上からＴシャツを絞った。　少しだけ滴ってきたほの甘い液体を私は飲んだ。
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