| 『一番後ろの箱』 |
| 付き合いはじめた当時、千佳と私は同じ小田急沿線沿いに住んでいた。私の方が都 心から遠く、千佳の方が都心に近い。 デートで新宿や渋谷に出るとき、私たちは現地で待ち合わせをしないで、一緒の電 車に乗り合わせて行くことが多かった。 乗る車両はいつも一番後ろと決まっている。 前日に、「じゃ、何時何分の電車に乗っていくからね。一番後ろの箱ね」と私が千 佳に言う。「うん、一番後ろの箱ね。遅れないでね」と千佳が言う。 二人ともまだケータイを持っていなかったから、いったん家を出たら、「ごめーん！ 遅れそう！」などと相手に連絡することはもうできない。 千佳が待っているホームが近づいてくると、私は車窓から彼女の姿を探す。 ちゃんといるだろうか。 電車はゆっくりと速度を落としていく。彼女の姿が見えてくる。私はホームにいる 彼女に車内から小さく手を振る。彼女も気がつき、私が遅れてこなかったことにホッ とし微笑む。 電車はシューッと停止し、彼女が中に入ってくる。この瞬間が、もしかすると、デー トそのものよりも私は好きだったかもしれない。 |
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「反バンビ症候群」（山田真理著 ヒヨコ舎）挟み込みの |