| 『タモリさんお届け』 |
| 彼女とは同じＳＭクラブで働いている。 彼女は酔っぱらうと無性にあることがした くなるという。他人の家の前にタモリのユン ケルの看板（等身大）をどうにも置きたくな ってたまらなくなるのだそうだ。 「ものすごく個性的な酔い方だよね」 その話を聞いたとき、私は笑うよりも感心 してしまった。 日本中探しても、酔ってそんなふうになる 人間はまずいないと思う。 「でも、ユンケルはイチローになっちゃった し、今って、タモさん、手に入らなくない？ いやその前にポスターとか看板ってくれるも んなの？ たのめば売ってくれるとか？」 「いやー、うちの実家さ、薬局でね、だから ポスターとか看板はどうにでも手に入るのよ。 でね、ユンケルがＣＭをタモリからイチロー に変えるってニュースを知ったときはあたし もかなりショックで、ありったけの手に入る だけのタモさんを業者からもらっておいてく れってたのんでおいたんだ。だから、四、五 十体はストックがあると思うよ、タモさん。 直にも二体くらいあげよっか？ 貴重なタモ さんだけど」 「そんな貴重なタモさんもらえないよ」 しかし、変わった癖だなあ。 「酒が入るとだめなんだよね、置きたくなる の、タモさんを。誰かの家の前に」 そう言って、本人も自分のわけのわからな い衝動に首をひねる。 「家の人、びっくりするだろうね。朝、玄関 開けて、そこにタモリがいたらさ」 私が言うと、「そうかな？」と彼女の目が うれしそうになる。 「最初に玄関開けたのが小学生の子どもだっ たら、『ママ、タモリが！』とかなんとか叫 んで家に駆け込むだろうし、出勤の父親が出 てきたら、なんだ？ ってタモさんに近寄っ て繁々と眺めてさ、無言で家の中に戻りそう じゃない？」 「そうかな？ そう思う？」 はた迷惑なイタズラなのに、まるで善い行 いを褒められてでもいるかのようなうれしそ うな表情になる。 ある夜、ベロンベロンに酔っぱらった声の 彼女から電話がかかってきた。どこかにタモ さんを置いてきた帰りらしい。 「直にも土産持ってきたからさー。直んちの 近くのローソンに今いるよー」 ローソンに行ってみると、ご機嫌な顔の彼 女がタモさんを抱えて立っている。彼女を乗 せてきた男の車の窓が開く。 「こんばんは」と男は苦笑いする。 今、私の家には二体の等身大タモさんがい る。一体どうすればいいというのか、このタ モさん、と思っていたのだが、最近は風呂上 がりに缶ビールを飲んでいい気持ちになると、 なんだかタモさんを見てソワソワしてしまっ てこまる。こういうのって移るのだろうか。 置きたい、かもしれない。 |
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