《書評》 本の雑誌 2001年7月号
私はどんな大人になりたかったのだろう。最近、友人の中学生の
娘さんと話したとき、そんな疑問が湧き上がった。「カッコイイ大
人になりたい」彼女は言う。「カッコイイ大人ってどういう人？」
と尋ねると、しばし考えてから「キリッとしている姿かなあ」と答
えた。確かに年配になっても素敵だと思える人の形容詞は「キリッ
とした」がよく当てはまる。今、私はキリッと見えているだろうか
と、彼女に気付かれないように背筋をそろそろと伸ばした。
キリッよりキリキリという音が似合いそうだが、藤森直子『ファ
ッキンブルーフィルム』（発行ヒヨコ舎／発売星雲社一八〇〇円）
は、とにかく衝撃的なノンフィクションだ。著者は現役バリバリの
職業SM嬢。彼女は女王様で、M の男性に極上の快楽を与えている。
私生活はレズビアンで、愛しているのに相手を苦しめてしまう。男
性とのセックスも大好きだ。そこに愛情は介在しない。ヤリ友の男
とは徹底的に快楽だけをむさぼりあう。名前も何も知らないけれど、
セックスの相性だけは抜群な男。プレイルームでは、M
男は女王様
に絶対服従だ。安くはない金を払って珍妙な願い事を出してくる。
家具になりたい、聖水をかけて欲しい、縛って転がしておいて欲
しい、思いっきりびんたをして欲しい。プロの直女王様はどんな要
求にも真摯に答える。そして自分の仕事に誇りを持っている。ホー
ムページ「NAO ’s Blue Film 」の日記を約半年分まとめたこの本
は、内容は相当グロテスクなのに不快感が一切ない。文章の呼吸が
合わせやすく、物語のなかに容易に入り込める。これは天賦の才能
だろう。性風俗の話なのに、全然イヤラシさを感じないし悪戯に読
み手の感情を弄ぶこともしない。むしろ、かわいく品のある感じさ
えする。こういう本がノンフィクションとして出る時代になったの
か、と感心してしまう。藤森直子という個人を、躊躇することなく
曝け出すしている。ネット上の日記という、それがしやすい媒体で
あったとしても、さらりとそれが出来てしまうということに驚く。
女性にこそ読んで欲しい本である。