| 『ファッキン・ブルー・フィルム 2001夏 号外』 |
| 某月某日 今日子がよく眠っていたので、 久しぶりに千佳ちゃんと一緒に風 呂に入る。 よく泡立てた石鹸を両手につけ て、お互いを洗い合う。 洗いっこというより、エロマッ サージごっこだ。 「お客さん、いい乳してますねえ。 ウッヘッヘッヘッ」 と私は千佳のおっぱいを揉む。 「スケベそうな笑い方〜。直ちゃ ん、エロオヤジになってるよ〜」 ホント、年々、オヤジ化に磨き がかかるわい。もうピカピカ。 私の胸をさわっていた千佳が、 「あれ、ここ、なんか固いコリコ リがある」と言った。 「え？ どこ？ ほんと？」 千佳がさわっていたところを私 もさわってみる。 右の乳房のある箇所に、小さい けれど確かに何か固いものがある。 「ほんとだ。なんだろ」 私も人差し指の腹でさわってみ る。二センチくらいの何か固いも のが皮膚のすぐ下にある。 左胸の場所的に同じあたりをさ わってみる。 こっちはなんともない。 「なんだろうね」 さっきまでとは一転して、千佳 は心配そうな顔で自分の胸と私の 胸を交互に何度もさわる。 「乳腺とは違う感じ」 私の右胸の固いところをさわり ながら千佳が言う。 「乳ガンかな」 と私は言う。 「極端なこと言わないで。病院に 行って診てもらった方がいいよ。 なんだろうなんだろうってずっと 気になりつづけるのも精神的によ くないし」 「そうだねえ」 漠然と恐い気がして生返事にな る。 某月某日 今月で一歳になる今日子とはど ういう距離で付き合っていけばい いのか私はまだまだわからない。 赤ちゃんというより、不思議な 生き物が、なぜか、どういうわけ かうちにいるという感覚が一番近 いかもしれない。 不思議な生き物を、日々、遠巻 きに観察している、そんな感じ。 今日は夕方の早い時間からエア コンがいらないくらいの気候だ。 「ちょっとキョウちゃん見てて」 と千佳はスーパーに買い物。 縁側に揺りかごを出して今日子 を入れる。缶ビール片手に、足で 揺りかごを揺らしながら本を読む。 レイモンド・カーヴァーの短編 集「カーヴァーズ・ダズン」。 新しくはないけれど、一応、一 軒家に住んでいる。 庭のある家を借りられないかと 探していたら、家賃が異様に格安 のこの家を見つけた。 「あそこ、人が入ったんですって よ。ほら、借り手が全然見つから なかったあそこよ！ ほら、ユー レイが出るって噂の！」 そう近所で言われてそうな、そ んな物件である。 まあ、出たら出たで、そん時だ と呑気にかまえていたら、千佳は 二度ばかし遭遇してしまったよう だ。私はちーとも感じないんだけ どなぁ。小さい男の子と女の子が しゃべってる声がはっきり聞こえ た、と千佳は言うのだ。 うーん、できるだけ平和に同居 したいと思ってますので、ひとつ おてやわらかに＞ボーイ＆ガール 日が照ったり陰ったりで、文庫 本の白い紙も明るくなったり暗く なったり忙しい。 今日子に目をやる。 カノジョ、何がおかしいのか、 時々キャッキャッ笑う。 む？ もしかしてボーイ＆ガー ルが君にも見えてるのか？ しばらく観察していてわかった。 カノジョ、光に合わせて笑って いる。日が陰ると笑うのをやめ、 明るくなると笑いだす。 光、影、光、影、光、影。 そのリズムでカノジョは遊んで いたのだった。 某月某日 「あたしはなんともないのに。や っぱり検査してもなんともなかっ たよ。あたしじゃなくて、直ちゃ んが診てもらわなきゃ。でも、こ れでいいでしょ？ ちゃんと行っ てきたんだから、今度は直ちゃん が行ってこないとダメだからね」 午前中、病院に行ってきた千佳 が、なんだか不可解という顔で私 に言った。 風呂で胸にしこりを見つけてか らというもの、私の不安はなぜか 自分ではない方向に向かった。 万一、千佳のおっぱいにメスが 入るような事が起きたらどうしよ う……、と私はめちゃめちゃ恐ろ しくなってしまったのだ。 よかった。ホッとした。安心し て私は大きくひとつ息を吐く。 午後からは私も病院へ行った。 問診と触診とエコー。 看護婦さんに胸にゼリーのよう なものを塗られる。私の場合は乳 腺症か乳腺繊維症でたぶん良性だ ろうと、エコー画像を見た医者は 言う。念のため細胞診もする。 「少し痛いですよ」と刺す前に言 われる。刺されてる間、眉間に皺 がよったのが自分でわかった。 某月某日 細胞診の結果を聞きに行く。 やはり乳腺繊維症で特に切除等 の必要はないと言われる。 とりあえずホッとする。医者通 いが増えたら面倒だからな。 今日子が産まれて二ヵ月がたっ たころ、私は心のバランスが崩れ て精神科に通いだしたのである。 |
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アニース2002年冬号に掲載 |